René Magritte,

これは「僕に「○○」の話させたら長くなりますよ Advent Calendar 2016」第19日目の記事です。

マグリット

シュルレアリスムの巨匠、ルネ・マグリットが好きだ。白い布をかぶった恋人たち、山高帽の男たち、カンバスに描かれる雪山、青空の広がる街の玄関は夜の装い、パイプではないパイプ。好きな作品をあげればキリがない。

マグリットといえば最初に思い出されるのはおそらく「大家族」か「ピレネーの城」だと思われる。曇り空に大きく羽ばたく鳩は青い空。海の上に浮かぶ大きな岩の上にはお城。シュルレアリズムとは日本語では「超現実主義」と訳される。「現実を超えた何か夢の世界」と思いがちだが、私の思う超現実はもう少し近くにある。

わたしとシュルレアリスム

大阪の展覧会で初めてマグリットの原画を見た時、目が離せずしばし立ち尽くしてしまった。山高帽の男の背後に浮かぶボッティチェリの「春」の女神。タイトルは「レディ・メイドの花束」※。これを、マグリットが、描いた、それだけで言いようもない感動に心が震えた。

同じ会場にシュルレアリスム時代の作品としてマン・レイの「類稀なる偶然の出会い」があった。 シュルレアリスムの詩人ロートレアモン伯爵の詩にこんなものがある。

「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会いのように美しい」

この詩からインスピレーションを受けたと思われる立体作品で、すっぽりと茶色い布に覆われ麻ひもでぐるぐると縛られたそれは、後方の突起やサイズを見るに、詩を知るものであればすぐに中身はミシンだと想像できるものだった。

しかし、その作品をしげしげ眺めるうち、むくむくと疑問が湧いてきた。

「これは本当にミシンなのか?」

その時わたしの現実が一変した。ロートレアモン伯爵の詩、「偶然の出会い」というタイトル、この形状、中身は見えないがわたしの現実ではこれは「ミシン」である。しかし、もしこの中身がミシンでないとしたら?確かめるすべはなく、確かめた瞬間それは「現実」となってしまう。ぐるぐると考えるうち鼓動は早くなり、いま自分が「超現実」と対峙していることにひどく興奮した。「超現実」は身近なところにあったのだ。

マグリットのシュルレアリスム

マグリットのシュルレアリスムはまさしくその「身近な超現実」であると感じる。 マグリットの絵は精巧で真面目で、ユーモアに溢れ美しい。見るものに与える一瞬の違和感と少しの不安感や緊張感、それを昇華させる美しさ。「とても真面目なあの人が、ふと放ったセンスのいいジョーク」といった趣がある。

実際マグリットの画家生涯は順調で真面目で、スキャンダラスなことは一切ない(同じシュルレアリスムの巨匠、サルバドール・ダリの振る舞いと比較するとおもしろいほど対照的である)。画家となり華やかなパリで3年過ごすも故郷のベルギーに戻り、幼馴染と結婚して生涯添い遂げた。絵によく登場する山高帽の男よろしくスーツとネクタイを身につけ、アトリエは設けずキッチンで絵を描く生活。周囲の人は画家と知らなかっというほど規則正しい生活を送っていた。

マグリットと白い布

マグリットの作品に度々現れる「白い布」。マグリットは14歳の頃、母親を入水自殺で亡くしている。発見された時、母親の顔には白い布がかかっていたという。マグリットはのシュルレアリスムは実はこの頃から始まっていたのではないかと思う。家族といる当たり前に平凡な日常に入り込んだ母親の自殺という「超現実」、白い布。

マグリットがどんな気持ちで白い布をモチーフに選んだのか想像する。忘れないため?、もしくは自分や家族を捨てたことへの憎しみ?、自分の日常を塗り替えてしまった「白い布」、もしかすると「超現実となった自分のあの日々への憧れ」でもあるのかもしれない。マグリットは「努めて小市民でいることを演じていた節がある」と言われる。自分が超えてしまった現実に、敢えて身を置いてキャンバスにそれを落とし込む。そこにマグリットの強い美学を感じる。

これはパイプではない

私の好きなマグリット作品の一つ「イメージの裏切り」。大きく描かれた木のパイプの下には"Ceci n'est pas une pipe."(これはパイプではない)の文字。

マグリットの作品のタイトルは、いつも頭をひねりたくなるようなものばかり。「絵を見る」「タイトルを見る」「なるほど」。この流れに対するマグリットなりの問いかけである感じる。人は不安感から正解を求め、「正解に見える何か」は容易く見えるが世界を狭める。たどり着く方法はただ一つ「考えること」。これはあらゆる場面においてとても大切なことである。

最後に

では最後に、もう一度。 これは「僕に「○○」の話させたら長くなりますよ Advent Calendar 2016」第19日目の記事ではありません。

※「レディ・メイドの花束」は大阪新美術館に所蔵されています。コレクション展などで目にする機会があるかもしれません。